Fate/Zero第21話感想
#21「双輪の騎士」
人は、愛しすぎると、今度は殺してしまいたくなるものなのですね。
間桐雁夜の悲劇。
夫婦のことは、他人には分らない。
まさに、俗諺のとおりになってしまいました。
苦難や犠牲の全ては、渠(かれ)が慕情を寄せていた、遠坂葵と、桜ちゃんのため。
そう祈念して、我が身を捧げ尽くした雁夜おぢさんでした。
しかし、時臣の思いがけない死に逆上した葵に責められて、思わず手をかけ、あろうことか、縊り殺してしまった。(死んではいないとの情報もあるけれど)
美しい葵さんの、無惨な顔が印象的でした。
行動動機さえも否定された雁夜の、絶望の闇の深さは、想像するだに辛いものがあります。
ともあれ、アイリさんが人質になっているのは渝りませんので、衛宮切嗣の進退や、バーサーカーとの宿命の対決の行方も気になるところです。
「他人の不幸は蜜の味」とはよく謂ったもので、アーチャーと言峰綺礼は、そんな雁夜の狂態を歯牙にもかけず、優雅に極上ワインを傾けています。
この人外めが!と瞋恚をもやしたいところですが、アーチャーはもともと人外かw
劈頭、ライダーとセイバーの頭文字Dで始まったときは、峠をかっ飛ぶ映像にシビれました。
まさか、セイバーがエクスカリバーを放ち、ゴルディアス・ホイールが粉砕されてしまうとは…。
ウェイバーが「アイオニオス・ヘタイロイ」の発動を使嗾しましたが、セイバー誅滅がライダーの希みではないので、それはしませんでしたね。
しかし、ライダーたるもの、脚を喪ったのは非常な痛手です。
磊落な征服王に、まさかの暗雲が立ち込めてきました。イスカンダルのおっさん、好きなんだけどなあ…。
今回も、映像、物語倶々、愉しませてくれたFateでした。
些(すこ)し、話がズレます。アニメ語りではあります。
ツイッターで見かけた、大地丙太郎さんの呟きが、気になりました。
大大大先輩である九里一平さん(タツノコ社長)の「昨今の紙芝居アニメはもうやめてほしい」についての呟きです。
大地さんは、作画の枚数を節約しなければならない業界事情を語っていましたが、実は私は、かつての「フルアニメ」が、理想とか至上とか、必ずしも思っていません。
「アニメは、錯覚(イリュージョン)の芸術」。
これは至言です。
フルアニメの極北である、ディズニーの「バンビ」や「白雪姫」を、見事な達成だと観じつつも、あえて省力した日本のテレビアニメの手法もまた、独自の進化を遂げた芸術だと考えます。
丹念に「動き」を追うのが、かつてのアニメの理想郷でしたが、コマ飛ばしによって、逆に「ムーブマン(動態)」を錯視させ、そこに華麗な動きを現前させる。これは、日本ならではの工夫でした。
「貧しさの聖化」とは、昭和の天才詩人、立原道造に捧げられた詞。
緻密に塗り込めた西欧の油彩画も素晴らしいのだけれど、さっと筆で刷いたように視える水墨画もまた、至高の画境を顕している。
同じことが、アニメにも謂えるのではないでしょうか?
勿論、お粗末な紙芝居としか言いようのない作品も、巷間に出回っています。これは擁護のしようもない。
しかし、Fateに代表されるような映像美の在り方は、もっと評価されてもいいと思います。
次回「この世全ての悪」
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