ナオの気持ち(人情SS)
学園長の部屋。
ナツキが、厳しい表情で立っている。その傍には、シズルの姿が。
重大事項を言い渡す時の慣例なのだろう、立会人としてエアリーズ共和国のマイスター・ハルカとユキノ大統領の姿もあった。
ナオの度重なる無断外泊が、とうとうお目付け役のマリアから直訴されたのだ。
ナツキの立場では、もはや放っておくことはできなかった。
「パールオトメ、ジュリエット。おまえに、言わなくてはならないことがある」
ナオは、先刻承知と言うように、余裕綽綽の態度だった。
「へえ?ニナのヤツが告げ口したんだ。あいつ、偉そうなこと言っといて、結局点数稼ぎかよ。ま、優等生ちゃんなんて、しょせんそんなもんだけどね」
「誤解するな、ナオ」ナツキが静かに言った。
「ニナは、むしろお前を庇おうとしたんだぞ。ナオ様の外泊には、ちゃんと理由があるはずです、ってな」
「へええ?」ナオは苦笑した。
「そりゃあ、ますます可笑しいや。優等生ちゃんらしからぬ愚行って奴だね。あたしはじっさい、街に出て思いっきり遊んでたのに、ね。まあ、男の精を受けてオトメの資格を失うようなヘマはしないけど。あの蒼天のなんとかさんみたいな間抜けな真似は、さ」
「彼女のことを言うな!」
ナツキが激怒した。
「お前に、あいつの何が分るんだ!」
「はは、庇う庇う。無理しちゃ美容に悪いよ。彼女がオトメ失格になって、いちばん嬉しかったのは、直接のライバルだったあんたじゃなかったのかな~?」
「きさま――」
「どうしようっていうのさ。あたしを退学にする?どーぞ、あたしは構わないよ。どーせ誰も気にしないさ、あたしがガルデローベを追い出されたからって。だって、優秀なニナちゃんがアルタイ代表でがんばってくれるだろうからね。あたしは、元々ここじゃいらない子だったんだ」
「ナオ、おまえ本気で――」
ナツキより先に一歩前に出たシズルが、音を立ててナオの頬を打った。
その勢いに、ナオは思わずよろめいた。
「何すんだよっ!」
「このお馬鹿さん!」
シズルはとてもとても低い声で言った。瞳には、切るような哀しみがあった。ナオは思わず息をのんだ。
「うちはもう……うちはほんまにもう、知りませんえ」
「シズル……どうか落ち着いてくれ、シズル」
「だって、だってナツキ。この子、うちたちの気持ちを、いっこも分りもしませんで……」
泣いていた。あの五柱の中でも最強を謳われた嬌嫣の紫水晶が、本気で涙を流していた。
ナツキも、いつもの冷静さはどこへ行ったのか、激しく動揺していた。
「分ってる、分ってるから、シズル……」
ナツキは、シズルをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、ありがとうな。わたしのために」
ナオの方を見て、
「おまえもちょっとは察してくれ。わたしたちは、お前を処分したいなんて、これっぽっちも思ってないんだぞ。どうして分ってくれないんだ、どうして」
シズル、他の部屋に行って休もう。そうしよう。
ええ、ええ……。優しゅうしてな、ナツキ。
ば、ばか、それとこれとは……。
ナオだけが、取り残された。
ぶたれたばかりの頬を押さえて、茫然と立っていた。
とつぜん、ぽろっと涙が流れた。
それまで、呆れたように腕組みしていたハルカが、見かねて声をかけた。
「ジュリエット・ナオ。あなたも、調子に乗りすぎたんですわ。あの二人はマイスター・オトメなんだし、権力はあるんだから気をつけないと。――それにしても、いつも取り澄ましてるぶぶ漬けが、あんなに取り乱すなんてねえ。初めて見たわ、あんなの」
ナオは、ぽつりとつぶやいた。
「ううん、そうじゃないんだ。すごく不思議なんだ」
「ん?」
ナオは、遠くを見るような目をしていた。
「誰かにぶたれて、それでもちっとも痛くないなんてことがあるのかな……」
『はぁ?このコ何言ってんの?』ハルカは首をかしげた。
そしてユキノの方へ振り返った。そんなことがあるのかしら、とでも言うように。
ユキノはしっかりと頷いた。
『そのとおりよハルカちゃん、そんな愛もあるのよ。心が通い合っていさえすれば、そうだったら』
「力いっぱいぶたれたのに、何だか温かいなんて、そんなことが……」
「そうよ」
ユキノは、ハルカと顔を見合わせて、にっこり笑った。そして優しくナオの肩を抱いた。
「そんなことが、本当にあるのよ。心が通じてさえいれば……。だから、ジュリエットさん、今からでも……ね?そうしましょう。私たちが、一緒に行ってあげるから……」
ナオは、こくんと素直にうなずいた。
(後書き)
舞乙では、まっさきにハルカ&シズルを書くはずだったのですが、なぜかナオちゃんSSが出来てしまいました。
実は、あるミュージカルを観に行って、とても感動したんです。
んで、どうしてもその雰囲気を再現してみたくなったのですが、それには、静なつと奈緒のカップリングがぴったりでした。
このSSのラストは、そのミュージカルのを一部引用させてもらっています。
奈緒は、突っ張っているけど、本当は心からの愛情に飢えている。
ありのままの自分を愛してくれる人を、いつも隅っこで待っているのです。
静なつは、そんなはねっ返りの三女を温かく見守るお姉さまたち、というのが私の脳内変換設定です♪
奈緒なお、このSSはお仲間のにーとさんに献呈しております。
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