2018年4月 5日 (木)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン第13話(最終話)

一粒の麦もし死なずば


違和感のあった列車活劇を迅速に収束させ、本来のテーマである「手紙」に立ち戻って、静かな感動の裡に終劇(カーテンフォール)を迎えた最終話。
たった1話分にして伏線を綺麗に回収し、微笑ましいエピソードまでも点綴。脚本の腕の冴えを感じました。

ギルベルト少佐への想いと「愛してる」の昇華。それは、「届かなくていい手紙なんてない」というテーマの達成を通じて為されました。
死者への手紙は届かない。でも、魂には届けることができる。魂は何処に在るのか。それは大地。
一粒の麦もし死なずば。
新約聖書のイエス・キリストの言葉です。「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。死なば多くの実を結ぶべし」。
人の生とは、永劫回帰。個に過ぎなかった一つの生は、めぐり逢いを通じて、永遠の生命を得る。そんな真理を説いた言葉です。

戦争が終わり、平和が戻ってきたけれど、戦地に赴いた息子は二度と帰ってきません。遺された家族がいくら手紙を書いても、想いを伝えることは不可能なのです。
そんな届かない筈の手紙を届けるための、鎮魂の儀式。それが航空祭。戦場から帰らぬ死者たちに手向ける、慰霊のための儀式。
航空機から撒かれた手紙たちは、大地に還りました。そして、大地こそは死者たちの魂が眠る場所。
手紙とは、一粒の麦。愛する人たちに送る、家族からの無限の想い。
そこに込められた愛の心は、今はまだ一粒だけなのかもしれない。大地に埋もれてしまうのかもしれない。
でもやがて、一粒にしか過ぎなかった愛の心は大地から芽吹き、新たな無限の愛を育んでいく。そのようにして、想いは行き場を見つけ、永遠の回帰を通じて人の心を潤していくのでしょう。
そして、ヴァイオレットが生まれて初めて書いた手紙もまた、ギルベルトの魂が宿る大地に還されました。
「愛してる、が、少しは分るようになりました」
ヴァイオレットの笑顔が喩えようもなく爽やかだったのも、無限の生の連環を通じて想いが伝えられたという満足感ゆえなのかもしれません。

ディートフリートとの和解。
和平調印式を見届けて、郵便社に戻ったヴァイオレットを訪れたのは、ディートフリートその人でした。
彼に導かれ、初めて訪問したブーゲンビリア家。そこには、少佐の母であるブーゲンビリア老夫人が。
彼女は齎してくれました。ギルベルトを護れなかった自分を責め続けていたヴァイオレットの心を救う、赦しの言葉を。
「あなたのせいじゃない」
慈愛に満ちた夫人の声を当てているのは、高島雅羅さんです。洋画の吹替えで著名な声優さんですが、高島さんが若き頃に演じた、アニメ「赤毛のアン」のダイアナが大好きでした。

前回の、ディートフリートの乱暴な台詞「死んでしまえ!」を巧みに援用した演出もありました。
「あいつの分も、おまえは生きろ。生きて、生きて生きて、そして死ね。これが、おれからの最後の命令だ」
精一杯生きろ。それから死ね。これは、ディートフリートによるヴァイオレットの肯定そのものです。
そして、ヴァイオレットの返事は。
「もう、命令はいりません」
戦場よさらば。
ギルベルトの二重像であるディートフリートに、ヴァイオレットは自立の賦を伝えることができました。
ディートフリートもまた、弟の悲願だったヴァイオレットの自立を目の当たりにすることにより、戦場にさよならを云うことができたのかもしれません。

そして、微笑を誘うエピソードとは、もちろんエリカ様。
「最近、好きな人ができた」という彼女の意中の人は、あきらかにベネディクトです。彼のことが気になって仕方がないエリカ様のしぐさが可愛いです。
「俺の書いた手紙、知りたい?」
「知りたい…」
「実はさ、ホッジンズあてに書いたんだ」
「ええ!?」
エリカ様、驚き過ぎですw
やっぱり腐女子の素質も備えていらっしゃったのですねw

そして、まだ見ぬ我が子に宛てた「パパの手紙」を書いたホッジンズは、カトレアさんにいいように弄ばれました。彼女のどっしりとした尻に敷かれる将来が、眼にみえるようです。彼の命運いま尽きたって感じです。お幸せに。

Cパート。
風光明媚な丘を上って行くヴァイオレット。
「お客さまがお望みなら、どこでも駆けつけます。
自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」
扉の向こうの相手を認めて、ヴァイオレットが見せた、軽い驚きの表情。
まさか、少佐が?
ブーゲンビリア老夫人も「まだ諦めていない」と語っていたし、何とも含蓄に富んだ含みを残して、物語は大団円を迎えました。心憎い演出です。

「氷菓」の最終話でも書きましたが、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」という美しい物語もまた、京アニの里程標作品としての地位を確立したと思います。
新作決定という嬉しいサプライズもありました。ヴァイオレットの旅路から、まだまだ眼が離せません。
スタッフの皆さん、美しい季節をありがとう!お疲れさまでした!

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2018年3月29日 (木)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン第12話

生きろ

「もう、誰も殺したくないのです。
少佐の命令は、生きろ、であって、殺せではありません!」
ヴァイオレットは、ディートフリートの差し出す武器を拒否し、彼が浴びせる峻烈な挑発にも、毅然と抗いました。
彼女の意志の力は、よく伝わってきたのですが…。

今回、列車を舞台にした戦闘アクションが、延々と繰り広げられました。これまでの文脈とは背馳した流れに、違和感を覚えたブロガーさんも少なくないようです。前回感想でも触れた「揺り戻し」が、さらに増幅した感があります。
これは何だろう。「見せ場が不足」という意見でもあって、忖度した結果なのだろうか。瑰麗な映像効果を演出したくて「プリンセス・プリンシパル」辺りを意識したのかな?
確かに、驀進する列車という限定空間における濃密な戦闘シーンは、アクション演出の華ですからね。

もちろん、制作側が込めたであろう意図も、推察はできます。
不殺を標榜しても、結局は戦場に戻らざるを得なくなる。それが戦士の宿命。某るろうにではないけれど、戦場と日常の物語においては、当然に近い帰結です。そこを押えておきたかったのかも。
さらに、「手紙が人を救う」という光の部分を描き続けてきた物語においては、影の部分をも描いておく必然があったのかもしれません。インテンスの残党たちのように、その狂信ゆえ、言葉が届かない相手もいる。それが現実なのだから。

めざましい映像効果を演出したい。物語の影の部分も描いておきたい。そんな欲張りな要請から生じた第12話だった可能性はあります。

しかしながら、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」という、すぐれて内面的な物語における「戦い」は本来、精神的なものだったはず。つまり、ディートフリートとヴァイオレットの精神的闘争こそが、今回のメインとなるべきであり、もっと稠密に、きちんと描かれるべきでした。
そう、ヴァイオレットにとっての真の「敵」は、メルクロフ准将やイシドルといった連中などではなく、ディートフリートなのだから。

終盤に至って俄かに存在感を増してきたディートフリート。ヴァイオレットの魂の成長を頑なに認めようとしないディートフリート。
一方で彼は、ヴァイオレットを最初に見出した人間であり、ギルベルトに彼女を譲り渡した男。彼ら兄弟の深刻な関係性から云えば、ディートフリートはいわば「否定者としてのギルベルト」と云えるのではないでしょうか。
ゆえに、彼こそは、彼女が新たな生を生きていくために、必ず超克するべき相手。彼との和解は「世界との和解」にも等しい重みをもつ。それほどの存在なのです。
ところが、物理的な戦闘描写に注力し過ぎて、肝心なディートフリートとヴァイオレットとの「精神の闘い」が粗雑に扱われた感があります。「まだ命令がほしいのか」「死んでしまえ!」など、乱暴で単調な言葉に終始し、二人の心の襞を十全に表現できなかった憾みがありました。

ともあれ、公開和平調印式の実現により平和を齎す、というミッションが提示され、大団円への道すじは視えました。
遺された尺では、あらゆる妨害や軋轢を乗り越えて、カトレアの代筆による調印式を成功に導く。その一点に向けて物語を収斂させていくしかありません。
あとは、これまで紡いできた「手紙」というテーマを、どう象嵌させるのか。脚本の腕の見せ所と云えるでしょう。

次回、いよいよ完結です。
ヴァイオレットの心の旅路は、どのような帰結を迎えるのだろう?
手紙、すなわち言葉を通じて獲得した人間性の復権が、どのように高らかに謳われるのか?
ギルベルト少佐への想い、「愛してる」の昇華は、どのように為されるのか?
そして、ディートフリートを通じた「世界との和解」は可能なのか?

すばらしいカタルシスを期待したいと思います。

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2018年3月22日 (木)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン第11話

武器よさらば」は、ついに叶わぬ夢だったのか?

故郷へ手紙を送りたい。そんな一兵卒の願いを叶えようと戦場へ赴いたヴァイオレットを待っていたのは、無慈悲な現実でした。
戦場における自分は、未だ「ライデンシャフトリヒの少女兵」。畏怖されるべき殺戮人形。
背を向けた筈の戦場は、決して彼女を忘れてはいなかったのです。

今回、「手紙」の扱われ方が気になりました。

「息子を返してくれて、ありがとう」
「いいえ、いいえ、いいえ。護ってあげられなくて、ごめんなさい。死なせてしまって、ごめんなさい」
エイダンの母親が息子からの手紙を読み、涙を流しつつヴァイオレットに感謝する。これまでの流れで云えば、ここでテーマは完結したはず。
ところが今回、ヴァイオレットは自らの行動を否定しました。護ってあげられなくてごめんなさい、と。
このとき、彼女の脳裡に去来していたのは、おそらくは少佐の面影。護れなかったゆえの忸時な想いが、深い後悔の言葉を云わせたのでしょう。それは想像に難くありません。
しかしながら、彼女の言葉を字義通り受け取るなら、「手紙では人を救うことはできない」という事になります。これまで積み上げてきたテーマの全否定にも繋がりかねません。
これは一体どういうことなのか。

全否定ではなく、一つの「楔(くさび)」なのかもしれません。綺麗すぎる物語に打ち込んだ、脚本側の戒めの楔。いわば自己批判。
いったん手紙の無力を謳っておいて、物語をさらなる高みへと止揚させるための「揺り戻し」の技法?
ロラン・バルトが頻回に使った「前言取り消し(パリノード)」のメタ手法?
そう解釈したいところです。

ともあれ、ひとたび疑問を抱いてしまったヴァイオレットは、今後どうするのか。どう生きていくのか。
少佐を護れなかった悔いを払拭するため、再び戦場に戻り、敵兵を殺戮するのか?
第7話において「私は誰かの、いつかきっと、を奪ったのではないですか」という苦悩を表明した彼女ですから、そんな行動は矛盾であり、何の解決にもなりません。

残りは2話分。どう纏めるのか。
もう、誰も死なせたくない
ヴァイオレットの平和への祈りは、どのように具現化され、どのように昇華されるのでしょう。
これまでの流れに準拠するならば。
戦場の兵士たち一人一人に家族の手紙を届ける?
ヴァンダル社の航空機の手を借りて、平和へのメッセージを込めた手紙を戦場に撒き、戦争終結を促す?

物語の着地点が気になる処です。



映像について
Aパートは、暗い色調に終始。戦場という非日常を重く描くことに、ひたすら注力していました。
「脆弱だな」
「穏健派は腰抜け揃いだからな」
エイダンたちを襲撃したのは、敵兵ではなく武闘派の兵士たち。つまり内戦だと示唆しているのも、悲惨さを煽っています。
「死にたくない」「置いていかないで」「俺は帰るんだ」
少年兵エールの死から、這いずり廻って生き延びようとするも、狙撃されてしまうエイダン。
絶望へと叩き落とされた彼の末期の眼に映じたのは、大天使のように舞い降りてくるヴァイオレットの姿でした。
この辺りの映像は、重苦しいエピソードにおいて、一掬のカタルシスと成り得ています。
至近距離から浴びせられた弾丸の雨をことごとく避けてみせたのは、アニメならではのご愛嬌ということで。

余談ですが、マリアさんの豊満過ぎるお胸が気になって仕方ありませんでした。
物語のトーンからいって、視聴者サービスしている場合じゃないと思うのですが、これは何なのだろう。
エイダンがあれほど帰りたがった故郷の象徴、母性的なるものの映像表現だと思いたいのですが、制作側の意図や如何w

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2018年3月16日 (金)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン第10話

孤独な娘

稚いアンは、大好きな母をじきに失うことを、既に理解していました。母が死ねば、このお屋敷で独りぼっちになってしまう。
そんな不安や恐怖を小さな体で受け止めて、せいいっぱい健気に「いい子」を演じ続けてきたアン。
それなのに、自分と母との貴重極まりない時間を奪うべく出現したヴァイオレットは、アンにとって文字どおり「善くないもの」だった。想像に難くありません。

アンの被害者的な視点からお話を進めて行き、意外な結末へと導く。まさに手練れの作劇です。
五十年分の手紙の束を前にして、ヴァイオレットが「孤独な娘」アンに、ギルベルト少佐を失った自分自身を重ね合せ、滂沱とそそぐ涙は、喩えようもなく美しいものでした。
「愛する人は、ずっと見守っている」
まさに、タイトルをきちんと墨守した、可憐愛すべきエピソードだったと云えます。

今回のエピソードは、アンの救済であると倶に、ヴァイオレットの救済へ向けられた物語。
死は、人と人とを無慈悲に引き裂く。死者と生者とは、幽明境を異にしてしまう。
けれど、手紙なら届く。記された言葉は、書き手の想いを乗せて、時を、空間を超えて届く。
「届かなくっていい手紙なんてない」
幽明境を異にしてしまったアンと母親とを繋ぐ手紙は、まさに「届くべき手紙」でした。
間然するところのない美しいストーリイであり、見事な作劇です。

さてここで、敢えて疑問符を提示します。またもや思考実験です。
アンと母親の場合はこれでいいとしても、ヴァイオレットと少佐の場合は、どうでしょうか?
「届かなくっていい手紙なんてない」という名言は、「生者から死者への手紙は届くのか」という反語へと直ちに繋がります。
むろん、死者へ手向ける鎮魂の手紙を書くことは可能ですが、意地悪くいえば、しょせん「想いの一方通行」。
そんなこと云ったって、愛する人はずっと見守っているのだから、きっと手紙は、想いは届くはず。そんな反論は可能かな。
私だって、希望的に考えたいのはやまやまなのですが…。

五十年間、届き続ける手紙。それも不思議な話です。ちょっと考えれば、いくらでも疑問は湧いてきます。
ホッジンズの郵便社が五十年続く保障はあるのか。
続いたとして、あるいは後継社が業務を引き継いだとして、捜査機関でもない民間の郵便会社が、アンの住所をどうやって追うのか。本人が申告すればいいのでしょうが、春秋に富む長い人生、それが可能なのか。
それよりも、アンは五十年生きられるのか。母が予測したとおりの人生五十年分を。

こんな野暮を敢えて羅列したのも実は、アンの子供らしい訴えに、大いに共感するところがあったためです。
稚いアンは、自分と過ごす現在の時間を何よりも大切にしてほしいと、母親に訴えました。
結果的に、自分宛の手紙のための時間だったと判明し、成長したアンも得心して、めでたしめでたしの結末を迎えました。
写真もそうですが、第三者に想い出を説明するには便利なツールです。自分の裡だけにある想いをどれ程熱く語っても、人には伝わりにくいですからね。手紙や写真という「かたち」があれば、他人に理解させやすいのは事実です。

ただ、当人にとっては、どうなのか
思うのですが、やはりアンの云うとおり、現実におけるふれ合いの時間は、母親とのぬくもりの記憶は、手紙でも埋められるかどうか分らない、唯一無二のものではなかったのでしょうか。
母親との「現実の」ふれ合いの映像は、心に深く深く焼きつけられ、アンの心に永遠に残るはず。それは、他人の容喙を許さない、本人だけの、一期一会の大事な記憶です。

「手紙」がテーマの物語に対して、無いものねだりの感想でしたね。これも思考実験の一つだとご寛恕いただければ幸いです。
繰り返しますが、今回のエピソードは、アンの救済であると倶に、ヴァイオレットの救済へ向けられた、一つのステップの物語。
だからこそ、些細な瑕瑾には眼を瞑って、きちんと墨守されたテーマに、物語の優しさに浸るのが正しい視聴態度と云えます。

残り三話。ヴァイオレット・エヴァーガーデンの物語は、どのような帰結を迎えるのか。鶴首して待ちたいと思います。

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2018年3月 8日 (木)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン第9話

「してきた事は消せない。でも、君が自動手記人形としてやってきたことも消えないんだよ」
ヴァイオレット・エヴァーガーデン

タイトルの復活。それはそのまま、ヴァイオレット・エヴァーガーデンという美しき魂の再生、その象徴だったのです。

駆け抜けましたね。ヴァイオレットの再生までを、一気呵成に。
個人的には、Bパートの展開がアレグロ過ぎて、いま少し視聴者に情感をはぐくむ時間的余裕があればとも思ったのですが、前回でヴァイオレットの苦悩を描き切ったと判断したうえでの今話の速度だったのでしょう。いいと思います。

Aパート。
攻防戦の顛末を描き切り、ヴァイオレットと、そして視聴者の微かな希望も打ち砕きました。
撤退するガルダリク軍の砲撃により、全ての可能性は断たれたのです。
印象的な映像。少佐の軍服の裾をぎっと噛みしめて、引き摺って救おうとする、ヴァイオレットの修羅のような姿。
彼女のクセである、手袋を外すときに、ぎっと噛みしめるあの映像と、二重写しになりました。

ただ一人生き残ったヴァイオレットを迎えに来たホッジンズの慫慂に、彼女は答えます。
「わたしは、少佐のいらっしゃる処にしか行けません」
少佐のいる処。ここで既に、自殺が仄めかされています。用意周到な伏線です。

Bパートに至ってもなお、血みどろの少佐の幻影が、ディートフリートの言葉でヴァイオレットを責めます。
錯乱した彼女は、「少佐のいる処」へ行こうとして、チタンの義手で自ら縊れての自死を図りますが、未遂に終わります。
このシーンで脳裡に刻まれたのは、慟哭し続けるヴァイオレットの、溢れる涙の描写でした。文字どおり振り撒かれる涙は、映像効果から云えば、いささか過剰なほどです。これは何を意味するのか。
「人は、自分のために泣けるときは、死んだりしないものです」
アンデルセン「絵のない絵本」の一節です。
涙を流すこともできないほど感情が涸れつくしたとき、人は生の意味すら失って、自殺する。
心を持たなかった、すなわち涙というものを知らなかった頃のヴァイオレットなら、あるいは躊躇せず無機的に自殺してしまったかもしれません。
しかし、彼女の獲得した心が彼女に涙を流させ、結果的に死を思いとどまらせた。そうも云えます。
心を得るために彼女が積み重ねてきた努力の意味が、ここに至って顕かになったのです。

そして、懊悩する彼女を救ったのもまた、手紙の、すなわち人の心の力でした。
エリカやアイリス、ベネディクトなどの朋輩や、人生の大先輩であるローランド爺さんの助力。
ことに、ローランド爺さんは、癒しを齎すのに最適なサンタクロース的風貌の持ち主です。いつか何かやってくれると期待していたら、今回見事にやってくれましたね。
捨てられた手紙を救って届けるための、地味だけど大切な努力。ローランド爺さん。
ヴァイオレットに送られた初めての手紙。エリカとアイリス。
代筆を通して関わってきた人々。傷病兵のスペンサー、シャルロッテ姫と王子、劇作家ウェブスター、天文台のリオン。
花屋の店先にかざられた、ヴァイオレットの花。
その名に、ふさわしい その名が、似合う…」
少佐の最後の「命令」が、彼女の心に響き亙りました。彼女は、翻然決意します。
ブーツの踝を返す。
スカートが翩翻とひるがえる。
白い鳥が翔ぶ。
左から右へと、人々が橋を上っていく。それは、ヴァイオレットの「運命の橋」の表象。
そして、記事冒頭に掲げたホッジンズとのやり取りで、ヴァイオレットの再生が完結したのです。見事な流れであり、見事な映像美です。

今回が第9話。13話までの上映会が既に発表されているので、あと4話分の尺があるわけですが、その尺をどう使うのかが今後の焦点ですね。
ガルタリクの反攻が示されているので、舞台は再び硝煙の世界へと戻り、新生ヴァイオレットの生きざまを暗示して、感動の大団円を迎えるのかな。
いよいよ期待が高まります!

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2018年3月 2日 (金)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン第8話

墓地へ行く道

「少佐の『愛してる』を知りたいのです」。
ヴァイオレットが育ててきた想いは、ギルベルト・ブーゲンビリアの銘が刻まれた墓石、という冷厳な事物によって、無慈悲に断ち切られました。
われわれ視聴者もまた、彼女が感情を獲得していく道程を倶に歩んできたのですが、その道はついに、「墓地へ行く道」でしかなかったのか。
そんな無常観が纏綿し、ヴァイオレットのみならず、われわれをも途方に暮れさせるのです。

「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の物語においては、「倒叙形式」が採用されています。
まず、現在が描かれる。回想場面を点綴しつつ物語を進めていき、突然のカットバックによって過去へと引き戻してみせ、視聴者に「ヴァイオレットの想いの追体験」をさせる。見事な語りです。
彼女の努力も、畢竟、ギルベルトの墓へ行き着く道を歩んでいたに過ぎなかったのか?
語りの形式の工夫が、より痛烈な、生々しい効果を生むことに成功していると云えます。

過去回想エピソードである今回は、戦場の映像描写が過半を占めています。
美しい街や田園の映像描写だけでなく、重苦しく暗い戦場の描写においても、京アニの卓越した技術は力を発揮することが、あらためて確認できました。
描き出した事物を通じて豊かな感情移入をさせるのも、映像の力。一方で、感情移入を拒否する描写によって、視聴者に重い感動を与えるのもまた、映像の力です。

アパテイア。無感動。
アタラキシア。心の平静。
古代ギリシアの哲人たちが思い描いた、心の理想郷の二典型です。

こんなに苦しい想いをするのなら、感情なんか覚えるんじゃなかった。
少佐の墓に直面したヴァイオレットの、心の慟哭がきこえてくるようです。
もしかすると、ただ無感情に、少佐の命ずるままに行動していたときの方が、心は平和だったのかもしれません。
唯一の庇護者である少佐の命令を聞き、少佐のためだけに生きる。それこそが、至福の時だったのかも。
感情を獲得してしまったことが、彼女にとって「悲劇の誕生」にならなければいいのですが…。

戦場においては、無感情こそが最大の武器。
敵への憐憫など欠片もなく、自分が生き残ることさえも考えず、ただ眼の前の敵を淡々と殲滅していく。
「生きるのに執着する奴あ怯えが出る、眼が曇る。そんなものがハナからなけりゃな、地の果てまでも闘えるんだ」(広江礼威「ブラック・ラグーン」より)
人情派の少佐でさえも、ヴァイオレットの行く末を気にかけつつ、結局は戦闘人形としての彼女に頼らなければ、隊を維持することすらできない。
傷つき斃れていく小隊にあって、ヴァイオレットの班だけがほぼ無傷だった、というさりげない描写が、戦場における冷酷な論理を端的に示しており、戦争の無残さを巧みに演出しています。

余談ですが、「アタラキシア」で検索したら、オタ女のためのカフェ「アタラキシア・カフェ」がトップに。
オタ女以外、一般人および男子は禁制という、大阪の隠れ家カフェらしい。なるほど、そんなのもあるのかw

Aパートの掉尾で、ヴァイオレットの想いが断ち切られたように、Bパートでは、少佐が凶弾に斃れた瞬間で、映像は断ち切られています。
墓はあるけれど実は、という意外性の物語は枚挙にいとまがないので、ヴァイオレットをめぐる物語の趨勢は、未だ予断を許さないところです。

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2018年2月22日 (木)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン第7話

奇跡と、その代償

ヴァイオレットは、劇作家ウェブスターが、苦吟しつつも生み出そうとしている物語に共感し、亡きオリビアが望んだ「湖の奇跡」を実現。ウェブスターの心を救いました。
彼女が、感情に目覚めたゆえの、喩えようもなく美しい奇跡。
しかし、彼女にとって、その代償はあまりにも大きかったのです。

劈頭いきなり、運命劇「赤い悪魔」の台詞が放たれました。
「ああ、私はこの罪を背負って生きるしかない。この先、一生」
この台詞こそは、ヴァイオレットを待ち受ける運命を暗示する、重要な伏線でした。京アニの心憎い演出です。

エリカさまが崇拝する劇作家、オスカー・ウェブスター。華麗な文藻を駆使する人気作家です。
しかし、現実の彼は、愛する妻と娘を失い、酒に溺れて執筆もままならないダメ作家でした。
俺は飲まなきゃ書けないんだ。
ウェブスター氏の言い分、分ります。私だって、飲まなきゃとてもブログ記事なんて(以下略

ここで刮目すべきは、京アニの映像演出。
まず、「低きもの」を徹底的に描写してみせる。酒瓶が転がる荒れ果てた家の描写、ヴァイオレットが繰り返し失敗する卵割り、塊と化した失敗作のカルボナーラ。
これら映像描写によって、視聴者に低回イメージを植えつけ、ある種のストレスを与えておいて。
一転、パラソル片手に湖上を飛翔するヴァイオレットの、美しい映像による奇跡を演出し、物語を一気にカタルシスの高みに導く。ドラマトゥルギーの要諦です。
「より高く跳ぶためには、より低く屈まねばならない」。そんな至言を自家薬篭中のものにしてみせた、あざやかな手際。
まさに、京アニ演出の独壇場ですね。

「ご覧になりましたか。三歩は歩いていたと思います」
ここは笑うところかな?(笑)
そう、湖上を歩くなんて、ニンジャかイエス・キリストでもなければ、とうてい不可能。常人では思いつきもしない、いわば愚行です。
しかし、いっけん愚かともいえる行動が、奇跡以上の奇跡を生む。
ヴァイオレットの行動が、ウェブスターとオリビアとの痛恨事だった「いつか、きっと」を叶えてくれた。
それは同時に、ヴァイオレットが豊かな感情を獲得した証しでもありました。

でも、感情は諸刃の剣。獲得した感情が、今度は彼女を苛み始めます。
戦闘人形だったころ、戦場で奪ってきた数々の命の幻像が脳裡に去来し、彼女を苦しめるのです。
いつかきっと、を実現した美しい奇跡が、いつの間にか諸刃の剣と化して、
「私は誰かの、いつかきっと、を奪ったのではないですか」という苦悩へと流れ込んでいきます。

そして、ヴァイオレットを打ちのめした、決定的な一言。
浮かばれるわね。亡くなったギルベルトも
視聴者も怖れていた一言が、ついに放たれました。
それも、通りすがりのエヴァーガーデン夫人の口から
まさに、リアリズムのお手本のようなシークエンスです。

もっとも決定的な言葉が、もっとも平凡な人から語られる
写実主義文学の開祖であるフローベールの世界的名作「ボヴァリー夫人」に、「悪の華」の詩人ボードレールが寄せた、有名な書評の一節です。
重要人物が重要な台詞を語っても、それは当たり前過ぎて、読者の心に響かない。
現実においてはむしろ、平凡な人物の何気ない言葉が、運命の歯車を変えてしまうことがある。そこに現実感が生まれる。
この手法こそがリアリズムの極意だと、批評の達人でもあるボードレールは云うのです。
(余談ですが、カトレアさんのフルネームって、カトレア・ボードレールなんですね)

衝撃さめやらぬまま、ホッジンズに詰め寄るヴァイオレット。沈痛な面持ちで、真実を重く語り始める彼。
「瓦礫の下に認識票があった。それで、未帰還扱いになって」
「少佐はきっとご無事です」
「ヴァイオレットちゃん…」
「ご無事です!」
郵便社を飛び出し、無我夢中で疾駆するヴァイオレット。
坂道を、息を切らせながら駆け下りて行くこのシーンに、「彼女を待ち受ける運命的な坂道」という象徴を読み取ることも可能ですが、さすがに穿ち過ぎかなw
ともあれ、ここに至って、タイトルの「      」が利いてくるのですね。
少佐の、かくも長き不在と、ヴァイオレットの抉られた心の空白とを倶に表象しており、巧みです。

構成と演出の妙とをつくした、序破急でいえば「破」にあたる、重大なエピソードでした。

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2018年2月17日 (土)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン第6話

書を捨てよ、町へ出よう(寺山修司)
青年は荒野をめざす
(五木寛之)

観終わってすぐ、そんなメッセージが脳裡に浮かびました。
前者は、書を通じた知の獲得よりも、積極的に町へ飛び出して「世間」という巨大な書物から学ぼうという行動主義を慫慂したもの。
後者は、大学進学を捨てて世界へ雄飛し、人生を学ぶという冒険を撰んだ青年の物語です。
今回の愛すべきエピソード、ヴァイオレットとリオンとの一期一会の邂逅を表すのにふさわしいメッセージと感じました。

シャヘル天文台写本課のリオンは、美少女と見紛うばかりの長髪の若者です。いや実際、チラ見したときはヴァイオレットちゃんと美少女との絡みのお話かとカン違いしました。
リオン君、挙措は狷介孤高なくせにちょっとかなりマザコン気味なのが、またそそりますなw
旅芸人の母と、文献蒐集家の父。文献蒐集のために大陸へ出奔した父親を追って、母親も当てのない旅に出てしまうという、何とも空想的な設定です。
命を落とすかもしれないとか、文献蒐集ってそれほど危険きわまる冒険だったのか。まるでHUNTER×HUNTERの世界ですね。

映像について。
ロープウェイでしか到達できない山巓の、閉ざされたシャヘル天文台の描写を積み重ね、リオンの告白を経て、一転、光芒を引いて流れる彗星と、空を覆いつくすほど雄大で美しいオーロラの描写へ、一気に視界が開ける。
静から動へ。感動のクライマックスへと誘う視点の動きが巧みでした。

「彗星だ!おれたちはもう、二度とあれに出逢うことはできない。人生でたった一度きりの出逢いなんだ!」

ただひとときの
そんな言葉も脳裡をよぎりました。
触れれば崩れてしまう古書も、200年周期でしか地球を訪れないアリー彗星も、二人の出逢いも、全てが一期一会。
ただひとときの、唯一無二の出逢いを通じて、リオンは、母親が父を連れて帰ってくるのを待ち続けるという消極的な生を脱却し、大陸へ飛び出して文献探しの冒険の旅をするという積極的な生を選択することができました。
彼は、町へ出て荒野をめざすのですね。

どこかの星空の下で。珠玉のエピソードでした。

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2018年2月11日 (日)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン第5話

プリンセスの恋

可憐愛すべきお伽噺、メルヘンのような恋の顛末に、うっとりです。
シャルロッテの「愛してる」は、ダミアン王子に届きました!
届かなかったアイリスの「愛してる」に対比させ、しっかり届いた姫さまの想いを丁寧に描破したエピソード。まさに、止揚の物語です。
もちろん、恋が成就したのは、ヴァイオレットの美麗な文に満足せず、姫さまが自分の言葉で手紙を書き続けたのが功を奏した結果。「わが胸の底のここには」じゃないけれど、赤心から迸り出た言葉こそが、人の心を掴むのですね。
テーマに篤実に沿ったエピソードです。制作側の意図は、よく伝わってきます。

さて。
5話まで感想を書き続けてきて、何だか自分がヴァイオレット教の敬虔な信者のように思えてきたのですが、まあ実際そうなのですが(笑)、盲目的に信奉しているわけじゃないという証左として、あえて異を立ててみます。一種の思考実験です。

映像詩を描かせれば京アニはほぼ無敵なのですが、リアルな物語を追求しようとすると、微妙に齟齬が発生することがあります。
例えば「たまこまーけっと」のあの奇妙な鳥。商店街の回生という現実的な物語と、鳥をめぐるお伽噺めいた要素とが上手く溶け合わず、隔靴掻痒感がありました。
今回のエピソードの中心を為す「公開恋文」という設定は、空想的に見えて、王侯貴族の恋物語の伝統をきちんと押えています。
男女の手紙のやりとり自体が、恋の神髄。「源氏物語」など平安時代の物語を読むと、手紙のやりとりが実に頻回に行われており、当時の貴顕貴族の雅な恋のたくみの実相がよく伝わってきます。
ただそれでも、ふつうの男女でなく、やんごとなき王族の恋をメインに据えたために、何処かお伽噺っぽさが纏綿してしまうのです。
シャルロッテの幸福過ぎる恋の物語に対比させられたアイリスちゃんが可哀想、とまで思ってしまいました。
もし仮に、シャルロッテのお相手がエイモンのようないけずなら、どうだったでしょう?
「ごめん。通りすがりの泣き虫お姫さまにしか思えない」と、完全玉砕していたかもしれません。
相手が、闊達自由な性格のダミアン王子だからこそ、ストレートな手紙の真実が伝わった。そうも云えます。
事ほどさように、男女の出逢いと恋の行方は、玄妙にして一期一会なのです。
思考実験のつもりが、アイリスちゃん擁護の恨み節みたいになってしまいましたねw

代理について。
実の母のように自分を取り上げ、育ててくれたアルベルタ。
彼女は、ほぼ姿を見せない王妃の代理ですが、シャルロッテをして「少なくとも、わたしはおまえのものよ!」と叫ばしめるほど、大事な大事な存在でした。
代理も代筆も、いわば「贋物」なのに、人の心を深く搏つ。不思議な自家撞着の世界です。
「Fate stay night」において、衛宮士郎が英雄王に叩きつけた痛快極まる「まがい物が本物に勝てないなんて道理はない!」を想い出しました。

姫と王子との式当日、船でドロッセルを離れるカトレアさんとヴァイオレット。
「よい結婚日和です」
おお、ヴァイオレットちゃんの透明な笑顔が!こんな美しい笑顔は初めてかも。

視聴者をホッとさせたのも束の間。港で待っていたのは、憎悪のまなざしを向ける一人の男でした。
「ディートフリート・ブーゲンビリア…」
「手紙か。多くの命を奪ったその手で、人を結ぶ手紙を書くのか?」
ブーゲンビリア海軍大佐。第2話で登場し、ヴァイオレットをギルベルト少佐に託した、ブーゲンビリア家の長男ですね。
戦場という桎梏は、未だヴァイオレットを解放してくれてはいなかったのです。

ギルベルトとディートフリートの容貌や髪型が似ています。顔の傷や、眼つきの悪さで見分けがつくレベル。兄弟だから似ているのはあたりまえっちゃあたりまえなのですが。
ディートフリートは孤児のヴァイオレットを最初に見出した人物でもあるし、この二重像(ダブルイメージ)には深い意味があるのかな
巧みな引きですね。次回が気になります。

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2018年2月 3日 (土)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン第4話

愛してる、が届かない。
優しい嘘と、残酷な真実と。
花の名。名に込められた思い。

観終わってすぐ、心に去来した偶感です。検証してみます。

優しい嘘
アイリスは、故郷の両親に見栄(みえ)からの嘘をついていました。でも、両親は、彼女の可愛らしい嘘をとっくに見抜いていたのです。
「そのために呼び戻したの?嘘までついて!」
「…あなただって嘘ついてるでしょ!ライデン一のドールだなんて!」
優しい嘘が、あわや綻びかけた瞬間。
でも、心がしっかり繋がっていたアイリスと両親は、手紙を介して無事に和解できたのです。
アイリスの嘘はもちろん見栄ですが、同時に、両親を心配させたくない気持ちの顕れ。
わたし頑張ってるから安心して。それは、永遠の子供心です。
両親も、本当は気づいているにもかかわらず、娘の嘘に付き合っていました。
これを、ただの虚偽と切って捨てることはたやすい。でも、優しい嘘が人の心を救うことだってあるのです。

残酷な真実
エイモン。アイリスを振った男。
「振られた、とは、言い寄ったけど拒絶された。好意を示したけど撥ねつけられた」
あまりにも的を射すぎた読解です。的確すぎて、ぐうの音も出ません。抉りますねえヴァイオレットちゃんw
やめてあげて!アイリスちゃんのライフはもうゼロよ!(笑)
「ごめん。幼馴染としか思えない」
決死の「愛してる」に対して、エイモンのそっけない拒絶。
岸辺露伴の「だが、断る」よりキツイです。アイリスが「もう、消えたくなっちゃった」って嘆くのも分ります。
残酷な真実は、ときに人を傷つける。それも、取り返しのつかないほどに。
届かない「愛してる」に、ヴァイオレットは衝撃を受けました。少佐の気持ちに思い至ったからです。
愛してるを探す旅が、一歩前進した瞬間でした。

真実にまつわるもう一つのエピソード。ヴァイオレットの義手に素朴な反応を示す子供たち。
「きれい!」
「チタン?」
大人たちは、ヴァイオレットの義手に「戦争の惨禍」を看てしまいます。だから、驚いたり気を遣ったりします。
でも、子供は直感で真実を云い当てる力をもっています。「きれい」は、あるいは真実なのかもしれません。

名前について
父親がくれたアイリスの花束と、車窓に拡がるいちめんの花畑。
アイリスは、ふと呟きます。
この花が満開の時に生まれた。だから、両親はわたしにこの名をつけた。
「私が名前をつけていいか」
ギルベルト少佐は、名を持たない孤児の少女に名前を与えました。
「…ヴァイオレットだ。成長すれば、きみはきっとその名にふさわしい女性になる」
新生ヴァイオレットの誕生です。
孤独な少女と戦争で心を病んだ男の愛と悲劇とを描いた、永遠のオールタイムベスト映画「シベールの日曜日」。その、感動的なラストシーンを想起しました。
ただ一人彼女が心を許して、自分の本当の名を告げた男。その死を知ったシベールの悲痛な叫びが、心を打ちます。
「わたしにはもう名前なんてないの、わたしは誰でもなくなっちゃったのよ!」

さらに特筆すべきは、水にまつわる映像演出
水たまり。初めと終わりで、アイリスが足を突っ込んでしまう、駅前の泥濘。
終わりのシーンでは、雨上がりとともに水たまりは小さくなっているように見て取れるので、これもアイリスの心の復権を象徴しているのかもしれません。

「あの子に何かあったの?」
傷心のアイリスが駆け去り、茫然とする母親。
このとき、水田に蕭条とふる雨の映像が重なります。アイリスの、そして両親の心の風景を表象しています。
水の演出で名高いのが、映画監督タルコフスキー。彼の芸術映画。
「惑星ソラリス」「ストーカー」などに描かれた水の映像は、もはや象徴の高みへと昇りつめています。
京アニ演出も、塁を摩する巧みさまで迫っています。あとは、象徴の高みにまで昇華できるかどうか。期待が高まります。

多事都合により短評にするつもりが、結構な長文になりました。
やはり、京アニ作品は人をして語らしめるものを持っていますね。

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