フラクタル第11話(最終話)感想
#11「楽園」
なるほど。
この最終話で、よくここまで着地させましたね?
膂力は大したものです。それは分ります。台詞や演出も、たぶん最大出力です。
ただ、心に響いてくるかというと、それは別の問題なのだけれど…。
もしかすると、スタッフは、こう叫びたかったのかも知れません。
「この作品自体が、フラクタルシステムの暗喩だ!
だからこそ、こういう迂遠な構成法を選んだんだ!
愚昧な視聴者連中には分らないだろうが、それが初期からの狙いだったんだ!
本当のことを言おう!
すべてのアニメがフラクタルだ!」
(ノ∀`)
いまや、ジャパニメーションは遍く行き渡り、世界言語となりつつあります。あたかも、フラクタルシステムがそうだったように。
刹那的な愉楽の断片(フラグメント)を供給するのがアニメの本質であるのなら…。
まあ、私自身は、そう考えてはいませんけれどね。
そういえば、ヤマカンさん、あのマニフェスト(公約)、どうするんでしょうか?
今さら、てへぺろ♪じゃ、済まされないと思うのだけれど。
事態を収拾できるとすれば。
↓こんな感じ?
フラクタルを徹底的に叩いてほしい。枯れ木も残さないほどに。
それのみがヤマ●ン(私)を、解放する。
な、る、ほ、ど。
なるほど、なるほど。確かに。
この状況下で、おまえ(ヤマカ●)が正常な世界へと帰還するには――
残るすべてが引き換えだ。作監悪党だな、ヤ●カン。正しい判断だ。
いい作監悪党になるぞ、お前は。
…って、バラライカさんが言ってたよ?
(´∀`*)
この物語の寓意は、人として成長なんかしなくても、君を守る!とか叫んで右往左往していれば、ステキなご褒美が待っている、というに尽きるのかもww
僧院とロスミレと、どっちが正しいかなんて分らない。
「フリュネ、きみが好きだ。それを言うために、ここに来たのかもしれない」
なあんて言ってるクレインにとっては、ね。
そんなクレインにも変化の季節が訪れました。自炊するようになったのです。って、独り暮らしなら当然なんだけどさww
引きこもりさんにとっては、大いなる変革なんでしょうか?この一歩は巨大な一歩だ、ってアレか。
「神」である原初フリュネちゃんは、フラクタルシステム創成の生贄になったのですね。父親から熟成(性的虐待)を受けたらしい。
思春期の処女が産み出す膨大なリビドーが、フラクタルシステムの原動力?
どっかで聞いたような設定ですねww
バローは、悪役ざまあって感じで退場。
ディアスはみずからの野望と刺し違え、スンダは漠とした未来の希望のために、逝きました。
俺にも分らない、って正直に告白して、クレインに未来を託したスンダはカッコよかった!カッコいいとは、こういうことさ!
シオドア・スタージョンの名作短篇SF『雷鳴と薔薇』で、主人公が、遥かな未来に向けて最後に呟いた台詞を想起しました。
「きみたちに、未来を与えよう。きっと、うまくやってくれよ」
あとは、断片感想です。
「でも、あのハンパねえエッチ野郎にゃ、かなわねえよ」
「クレイン、どうしてるかなあ…」
クレインはエッチ。エッチはクレイン。
エッチを懐かしむエンリちゃんでした。君に幸あれ。
ロスミレは、決してフラクタル破壊だけのための存在ではない。
フラクタルは再起動したけれど、僧院亡きいま、さらなる再起動は不可能。
一般市民は、暫定的にフラクタルの恩恵を享受でき、地に生きる人々は、畑仕事に勤しむ。
こうして、世界はゆるやかに変化していく…。
漸進的改革主義万歳ということで、八方円満に収まりました。
アニメ『フラクタル』の大団円です。
本当にありがとうございましたwww
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