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2013年1月19日 (土)

ちはやふる2第2話感想

#2「こひすてふ」

恋愛バカと、かるたバカ
「火事でもマスカラ」の花野菫ちゃんを「恋愛バカ」と断じた奏と千早。
さりげに、廊下の壁に落書きされていた「かるたバカ」が、すっごく効いていましたw

第1話の録画失敗という痛恨事から雄々しくも(笑)立ち直り、第2話感想記事です。
うーん、やっぱりイイなあ「ちはやふる」は。
競技かるたのスポ根ノリに加えて、少女マンガ原作らしい、心情描写のこまやかさ、緻密さ。
第二期ですから、新風を入れないといけません。
それが、恋愛バカこと花野菫ちゃんと、下の句かるたでは腕に自信ありの筑波秋博くん。個性的な新人さんです。

迎える側の旧メンバーにも、それぞれの事情があります。
太一は、個人戦重視。
肉まんくんは、団体戦重視。
奏ちゃんは、礼儀重視。
机くんは、部の存続重視。

旧メンバーの、かるたバカな思惑と、新メンバーの菫ちゃんや筑波くんの、およそ噛みあわない思惑。
それが、Bパートという須臾の間で綺麗に収斂されていく、ドラマとしての心地よさ。喩えようもない快感です。
歌舞伎とか芝居でいえば、「段取りのよさ」が、もう秀抜なのですね。
たとえば、マクド屋さんでの、菫ちゃんとその他友だちの、しらけきった情景が点綴される、あの場面。
高校に入ってからの友だちなのに、もう話すことないのか…」
たったこれだけの台詞を嵌め込むことで、かるた部へ傾いていく菫ちゃんの心象風景を、そのレアリテを保障していました。お見事です。

そして、強引さを突き抜けた、奏ちゃんのあの説得力はもはや異常w
「百人一首には恋の歌が多いです。そして、ルールの向こうだからこそ、伝わるものがあります」
平安時代のやんごとなき貴人たちは、切ない恋を、和歌というルールに託して伝えようとしました。
抑えに抑えた表現から滲むまごころを、「雅」として愛したのですね。
「恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」(壬生忠見)
こひすてふ、のサブタイ由来の歌です。
「忍ぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで」という、平兼盛の絶唱と覇を競ったこの秀歌にこそ、菫ちゃんの目指すものが示されている。そんな気がします。

「付け睫毛、教えてください。まつげが三本しかないので
Σ(゚Д゚;
奏ちゃんって、マジで睫毛すくなかったんですね!このヒミツ、奏ちゃんファンの私には、衝撃そのものでした。
睫毛ないと、まばたきによる眼の保湿効果が激減しますからね。
奏ちゃん!カワイイ眼を大事にしてね。ドライアイが心配ですw

次回「つくばねの」

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サイコパス第13話感想

#13「深淵からの招待」

後がないよ!聖護くん
Σ(゚Д゚;
公安局長が、槙島を「しょうご」と呼び捨てに。
ギノさんと征陸さんが、父と息子であることが既に判明しています。
まさか、局長と槙島は、実の母と息子だとか?
('A`|||)
レッドヘリングの可能性が高いのですが、「裏の裏」という蓋然性も無視できないのが、この脚本さんのコワイところですw

「わたし、色相が濁りにくいのだけが取り柄なんです」
拷問にも等しいメモリースクープの洗礼を受けても、サイコパス数値はあっというまに平常値へ復帰。しれっと笑顔の朱ちゃんです。
打たれ強い?
それともまさか、三歩あるいたら忘れてしまうトリ頭
(ノ∀`)

レアケースである藤間や槙島は、200万人に一人の「免罪体質者」。
体質だから。そう云ってしまえば、話は終わりです。
瞠目すべき成功を収めた人を評するとき、「だって、あの人は天才だから」で切り捨てる紋切型とちっとも渝りません。
一方で、朱のサイコパス色相が濁らない理由が、征陸さんによって説明されていました。
現状をそのまま受容し、疑問を持たない。しかし、傀儡というわけではなく、正義のために生命を賭ける強靭な自律性もある。
征陸さんも、不本意だったドミネーターによる刑事活動に狎れてからは、犯罪係数が平準値に戻ったと謂います。
「色相が濁りにくい理由」は、この物語の最重要なポイントなので、腑に落ちる解明を、是非ともお願いしたいところです。

慎也も、読書家だったんですね。病床で、ごつそうなハードカヴァー本を繙いていました。
ジョセフ・コンラッド「闇の奥」
コッポラ監督の、狂気に充ちた戦場映画「地獄の黙示録」の原作としても、夙に知られています。
とはいえ、「闇の奥」と「サイコパス」は、内容に有機的な繋がりはなく、象徴の域を出ない感じです。エンドロールにはしっかり書名と出版社名が掲げられていたので、これも商業戦略の一環なのかな?w
「タイタス・アンドロニカス」の槙島といい、犯罪素質と愛書の連関性も気になるところです。

今さらですが、ドミネーターの中の人は、日高のり子さん。「タッチ」の浅倉南ちゃんです。
CMのネタにも起用されるほど、ドミネーターさんは大人気らしい。
「執行対象ではありません。トリガーをロックします
あの甘い声で囁かれたら、男たるもの、身悶えしてしまいますよ。
こんな夜に 発射できないなんて!』
忌野清志郎ばりに絶叫してしまいそうww

次回「甘い罠」

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2013年1月14日 (月)

リトルバスターズ!第14話感想

#14「だからぼくは君に手をのばす」

きみが望むまでもなく、ぼくらは孤独なんだ!」
Σ(゚Д゚;
理樹くんが、魂に響く詞(ことば)を叫んだ!
これは、吐胸を衝かれるイイ台詞でした。
私たちは孤独ではない」「心は孤独な狩人」など、孤独文学を愛することにかけては人後に落ちない私が知る限りでも、理樹くんのはベスト級の台詞ですw

治療という名の忘却。
「西園美鳥」は、孤独だった西園さんが造り出した遊び相手、「妹」だったのですね。
鏡像が抜け出て現実化する発想は、エーヴェルス「プラーグの大学生」などの先蹤があるけれど。
リトバスのこのエピソード、直接には、萩尾望都「アロイス」辺りに着想を得たのかな?
自分にしか見えない妹の美鳥は、美魚さんにとって、たった一つの救いでした。
でも、親にも医者にも、「それは病気」だと、否定され続ける。
ついには、自ら否定してしまうことにより、美鳥が消えてしまった。
喩えようもない喪失感が、美魚さんを襲います。
「あたしが消えるべきだった」
ずっと、罪の意識で自分を苛んできた美魚さん。
この自己処罰願望は、「生まれて、すみません」の、あの作家を思わせます。
美魚さんのひそかな愛読書って、太宰治だったのかな?w

「西園さんを忘れない!」
必死で記憶を維持しようとする理樹くんに、美鳥が仕掛けた心理攻撃が巧みでした。
「美魚は、眼鏡をかけてたよ?」と云われれば、そうだった気がする。
嘘だよと云われると、そうなのかなという気がする。
まるでミステリの錯視トリックです。
もしかして、理樹くんに眼鏡っ子大好き願望があったとか?その深層心理の隙を衝かれたとか?
(ノ∀`)

理樹を鼓舞したのは、いつでも頼りになる恭介でした。
「おまえは、おまえを信じろ!」
勇気を得た理樹は、「終わる場所」から、美魚さんを救い出すことができました。
恭介は、やはり、リトバスという物語のカギを握る男です。

この結末で想い出したのは、オスカー・ワイルドの、影(魂)をテーマにした哀切な童話。
漁夫とその魂」は、若い漁夫の体から、はじき出された影の物語です。
若者は、愛する人魚との恋を成就するため、影を捨てたのです。「魂のある人間は水の眷属とは愛し合えない」という掟ゆえでした。
影は、元の体に戻ることを願いながらも、人魚との恋に夢中な若者に拒否され、果たせません。
長い放浪の末に、漁夫が死ぬそのとき、ようやく元の体に戻れたのですが、そのまま一緒に波にのまれて死んでしまうという悲話でした。

ときに本体となり、ときに影となった美魚と美鳥。
漁夫とその魂は哀しい破滅しか迎えられなかったけれど、彼女たちは、お互いの存在を確かめ合うことによって、ようやく安息を得ることができたのですね。

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2013年1月13日 (日)

まおゆう魔王勇者第2話感想

#2「わたしたちをニンゲンにしてください」

なるほど啓蒙アニメw

例によって、原作情報ほとんどナシで視聴しているのですが、twitterを流れてくる呟きから類推するに、啓蒙臭が批判されているようですね。
封建領主が統べる荘園と思しき邑(むら)で、多毛作による農業改革の実験を試みる魔王。
しかし、村長たちの改革意識の低さにガクゼンとして、まずは教育改革から。
軍人や貴族や商人たちの子弟を集め、塾を開くも、彼らもまた浅薄皮相。
そこへ、農奴の姉妹が逃げ込んできた。
「農奴の逃散」は、地方中心の農業経済から、都市中心の商業経済へと移行していく西洋経済史を説明するときに、しばしば語られる史実です。
メイド道に覚醒した魔族であるメイド長。森薫さんの「エマ」に外見酷似なのは、メイド道の教科書にしたせいかな?
(ノ∀`)
「自立できなければ、ただの虫」
メイド長の、人権無視な過激すぎる発言も、「人ならぬ魔族ならではの叱咤激励」と解釈すれば許容範囲か。
都市に逃げ込んだとしても、寄る辺ない身では、乞食の果てには体を売るしかなかったろう姉妹も、メイド姉&メイド妹として、田園的な農邑で、美味しい麺麭を食べられる幸せを得ることができました。よかったよかったw

前回、中世諷刺文学を引き合いに出したのですが、第2話を視る限り、私が期待した「趣向」とはじゃっかん異なり、もっと地道な路線のようですね。
エラスムスやトマス・モアの文学も、もともとは「啓蒙」が目的だったのですが、500年前の当時から人気を博し、現在に至るまで名作として遺っているのは、その批評精神や諷刺技術の卓抜さゆえ。
「そもそも、神さまや人は、どこから生まれるのでしょうか?手とか耳とか、お上品な器官からでしょうか?いいえ、違いますわよね」(エラスムス「痴愚神礼賛」より)
人間不平等起源論への重大な反論として、ユマニズム宣言の濫觴として、まさに画期的な作品だったことが窺える一節です。

それに比べると、「まおゆう」は、やはり、啓蒙意識が顕著なようです。物語としての、アニメ作品としての真価が、今後、問われそうな予感です。
もちろん、ファンタジーと実学(政治経済)とを融合させたいという壮図を秘めた警抜なアニメ作品として、大いに応援したい想いは渝らないのですが。

私としては、軍事政治経済の考察がどうと謂うよりも、魔王のカワイサを推したいところ。
原作の狙いも、実は那辺に在るのではないでしょうか?
「勇者と交渉したい」と、もじもじ顔を赧らめたあげく、オチが膝枕とは…。
こんなオトメ魔王なんてありえませんw
すわ性交渉かと邪推した私は、魔族よりも心が穢れていたのですね。人間失格とはこのことだw

愚痴
「ちはやふる2」の第1話の、録画に失敗しました。いま、世界を呪詛している最中です。
('A`|||)
録画設定を誤るという些細な瑕瑾を犯した私のみ、罪があるというのか!この世界は、それほどに狭量であり、堕落しているのか!
神よ、呪われろ!魔王よ、この世の全てを鏖殺せよ!

神&魔王「あんたが悪い」ww

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マギ第14話感想

#14「アリババの答え」

アリババ、市民共和制を宣言

「クレオパトラの鼻が低かったら、歴史は変わっていただろう」
「パンセ(冥想録)」で著名な、パスカルの箴言です。

もちろん、アリババの不退転の決意が隘路を拓いたのです。
でも、王政は廃止だから全てをチャラに!という彼の主張は、無茶苦茶です。
それが功を奏したのは、煌帝国の国益を代表する練紅玉ちゃんが、あっさりと退いてくれたお蔭でしょう。
「国益は護るべき!バルバッド国王との婚姻も、調印も、なされるべき!ただしイケメンに限る!」
(ノ∀`)
イケメンのシンドバッドさんの介入も与って、練紅玉ちゃんが翻意してくれたお蔭で、バルバッドは亡国の危機から救われたのですね。
まさに、「練紅玉が惚れっぽくなかったら、歴史は変わっていただろう」ということでw

政治経済学を修めた身として、いや修めてなくても(笑)、アリババの言説が空想的共和主義のたぐいであることは、たやすく看取できます。
アニメの場合、扱う題材への理解の浅薄さ、皮相さと看做され、とくに脆弱性が批判されがちです。
それはそうなのですが、他メディアを例にとれば、「チャップリンの独裁者」の演説も、ジョン・レノンの「イマジン」の歌詞も、云ってしまえば、かなり空想的です。それでも、現在に至っても、勁い影響力を行使しています。
理想を説くことが不可ないのではなく、理論武装がヤワなので、僅かな反論にも耐えられず瓦解してしまうのがダメなのですね。

「マギ」という作品は、さすがに、そこら辺の要諦は押えています。
次回、アリババの空想的共和主義へのカウンターとして、流血と革命を叫んでいたカシムが、反攻をするようです。
二元論的対立が、どんな結論を導き出すのかな?

それにしても、「マギ」は2クールなんですね。
4月からは「宇宙戦艦ヤマト2199」だとは…。

次回「カシムの答え」

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2013年1月11日 (金)

サイコパス第12話感想

#12「Devil's crossroad」

弥生さんの異常な愛情。
あるいは、いかにして六合塚弥生さんは心配するのをやめて執行官になったか

…スタンリー・キューブリック監督の問題作「博士の異常な愛情」のパクリなのですが、判りにくかったっすね。スミマセンw

年末年始を挟んで折り返しの12話は、弥生さんに纏わる、過去回想でした。
槙島との直接対決という前半のヤマ場から一転して、地味な過去話とは…。
そうか!傷心の朱ちゃんが復帰するまでの時間稼ぎなんですね?わかりますw

弥生さんは、かつて、バンドのギタリストだったが、潜在的犯罪者と看做されて、施設に隔離された。
ロックを演ると、犯罪係数が上昇する?ロックのコンセプトが、基本的には反体制だからでしょうか?
反体制とは程遠い甘々なロックが氾濫する昨今、シビュラさんの判定も、時代錯誤な気がします。
パンクやデスメタルはダメだけどプログレはいいとか、シビュラさんなりの好みというか基準があるのかな?
(ノ∀`)

生前の佐々山さんが登場です。「野獣死すべし」っぽい、何でもアリの、ワイルドな執行官だったんですね。
彼が、のちに標本化され、衆人環視の眼に曝されることになるとは、神のみぞ知るということで。
「君には、執行官の適性がある」
若きエリート監視官、ギノさんの甘言にも屈しなかった弥生さんでしたが、捜査協力要請までは、さすがに断れませんでした。
ところが、潜入したクラブハウスで遭遇したのは、かつての仲間で、非公認バンドのヴォーカル、リナだった。
彼女は、弥生さんが更生施設に拘束されたのちも、ロックによる革命を夢見て、非合法に活動していたのです。
「シビュラ打倒!レジスタンス!あたしの音楽で世界を変えてやる!」
システムへの叛逆宣言は勇ましいのですが、やってる事は、ブツの売り捌きや、街頭スキャンの破壊工作という、いわば草の根運動。
反抗といっても、畢竟、校舎の窓を壊して廻った尾崎豊の歌どまりなので、「この(シビュラの)支配からの卒業」はまず不可能かとw

サブタイトルのDevil's crossroad(悪魔の十字路)は、ブルースの中興の祖にして、後世のロック音楽にも深甚な影響を与えた天才、ロバート・ジョンソンの「クロスロード伝説」由来のようです。
リナの主張する「音楽による革命」と、「真夜中の十字路で、悪魔と契約して超絶ギターテクを手に入れる」という伝説とを掛けたのでしょうね。

余談ですが、「ロックと反体制」で真っ先に想い出すのが、水野英子の名作「ファイヤー!」です。大好きな作品でした。
ロックは六苦」という、サンコミックスの帯のキャッチコピーが懐かしい。
ただ、今にして思えば、あのコピーって、暴走族の「夜露死苦」的なセンスだったということに気づいて、ちょっと苦笑している今日この頃なのですがw

今回のサイコパスは、ロックがそのまま反抗と自己主張の象徴だった世代への、しずかな鎮魂曲(レクイエム)だったのかもしれません。

次回「深淵からの招待」

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2013年1月10日 (木)

たまこまーけっと第1話感想

#1「あの娘はかわいいもち屋の娘」

たまこが先かが先か?
どちらを活かすべきか?それが問題だw

京アニオリジナルにして「けいおん」スタッフの再降臨!
放映前から話題沸騰、あまたの揣摩臆測がとびかった「たまこまーけっと」。
たまこ?まーけっと?舞台は商店街?たまこのまーけてぃんぐのお話?
もしかして、餅屋の娘たまこちゃんが、アメリカの経済学者コトラーの「マーケティング・マネジメント」を読んで、商店街の旧弊を打破するべく東奔西走するという「もしドラ」?
(私の)妄想が膨らんだ、2013年冬期アニメの話題作、それが「たまこまーけっと」。
放映後も…斯界からの毀誉褒貶の呟きが、湧くがごとくです。
あの娘かわいや餅屋の娘だ綺麗なおかまは小野Dだよく喋る鳥だGu-Guガンモだ云々ww

翌朝の仕事を気にかけつつ、深夜、リアルタイムで視聴してみました。
衒いのない、すなおなOPです。京アニらしく、軽捷に動いています。
さて本編。「けいおん」風の女子たちが、期待どおり華やかに登場した!
と思いきや
鳥が花から飛び出した!鳥が喋って取り憑いた!鳥がメタボになりかけた!鳥が餅をつまらせた!
…これって、鳥がイチ押しのアニメですか?たまこちゃんより目立ってますよ?

第1話を仕切ったのは、人語を喋る鳥、デラ・モチマッズィ。
王子さまの妃を探すというミッションを享けて遥かな旅をしてきた、さすらいの王家の鳥です。何だかアンデルセンの童話みたいです。
けいおんみたく日常系日常系謂われたくないので、変化をつけるため、便宜的にメルヘン設定を?
それとも、もっと積極的にお話に絡んでくるのか?トリックスター?鳥の視点からの人間界批判?
そこまで諷刺を効かせる狙いはないと思いますが、すると鳥の役回りは何だろう?
スタジオぬえ以来の細野不二彦さんのファンなので、「ガンモ」は読んだしアニメも視聴しましたが、「たまこ」の鳥は、あそこまでキャラ立ちしないでしょうし、その意図もないでしょう。
それでも、鳥を重用し、狂言回しに使うのだろうか?

鳥とたまこちゃん、どっちつかずで進めると、視聴者を牽引できないまま、興味逓減の惧れもあります。旗幟を鮮明にした方が吉です。
個人的には、早いうちに「娘さん押し」に舵を切った方がいいかと愚考いたします。
つまり、たまこちゃんやあんこちゃん、幼なじみやバトン部友人や眼鏡っ子たちが生み出すエピソードに注力するということです。
鳥は、賑やかし程度の扱いで充分ではないでしょうか。

さて、改めて作品を振り返ります。物語の舞台は、うさぎ山商店街です。
老舗の餅屋の頑固親仁たちが、お向かいさん同士で仲良くケンカしています。
商売仇「大路屋」の一人息子、もち蔵は、たまこに気があります。餅がとりもつ、ロミオとジュリエットです。
そこに人情商店街の個性的なメンツが絡み、「想い出のレコード探し」というクエストが花を添えます。
まさに京アニ好みのノスタルヂア溢れる設定ですし、濃やかな描写による「街の実在感」はさすがの職人芸です。
餅は餅屋、作画なら京アニというべきかw

いろいろ書きましたが、もちろん、期待しています。応援したい気持ちも渝りません。
予想以上に緩やかな導入に、一抹の危惧を覚えたのが、ただの杞憂であることを祈りつつ。

次回「恋の花咲くバレンタイン」

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2013年1月 6日 (日)

マギ第13話感想

#13「反逆の王子」

アリババ、大地に立つ
(ノ∀`)

不退転の決意の下に、暴君アブマドとの直接対決に臨んだアリババ。
アモンの金属器を駆使するも、その力は、未だ未完成。
銀行家が用意した象だの猿だの虎だの、奇怪なダンジョン生物に、行く手を阻まれます。

しかし、アリババを支えてくれたのは、モルジアナ。
「わたしの本気は、こんなものじゃありませんよ!」
誰かのために、つくすときにこそ、最高度の力を発揮できる戦闘民族ファナリスの、面目躍如です。
素敵だモルさん!ぜひ俺の嫁になr
(#゜Д゜)=○)`Д)、;'.・ヒデブ

アリババの不屈の闘志を目の当たりにして、怯懦だったサブマドも、副王らしい侠気を見せた!
この辺りの阿吽の呼吸が、いかにも「マギ」の世界観を表していますね。
もちろん、局面を打開するのは、魔法の不可思議な力です。
でも、無敵の魔法も、サポートしてくれる存在がなければ、すぐに瓦解する。
本当に世界を変えるのは、魔法ではなく、人の力。
あの「鋼の錬金術師」にも脈々と流れていた、「人への信頼」が、そのまま顕現しています。
「マギ」に関しては、国家紛争を描いているのに緻密さに欠ける、という辛口の評も仄聞するけれど。
全体を統べる明るい世界観には、やはり好感が持てます。

明けて2013年。OPとEDも、衣替えです。
OPのポルノグラフィティは、闊達な世界観をそのまま表出して、まさに盤石。期待どおりでした。
EDのsupercellは、まさに「マギ」という作品が現下描いているテーマ(アリババの苦悩)を、衒わず素直に作詞に移し替えた感のある、時宜を得た歌です。好きですね。

次回「アリババの答え」

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リトルバスターズ!第13話感想

#13「終わりの始まる場所へ」

「カゲナシ」と謗られていた西園さんは、本当に「影をなくした少女(かげなし)」だった!
Σ(゚Д゚;

リトバスの「日常」が終焉し、「この世界の秘密」に爪がかけられた。
そんなターニングポイントになる今回は、いつもの諧謔が微塵もなく、静かに冷たいモダンホラーめいた味わいがありました。

手放さなかった日傘は、影がないことを匿すため。
終わりの始まる場所とは、空の青と海のあおが繋がる場所。海辺。
姿を顕したもう一人の西園さん。
いつのまにかクラスに溶け込み、「西園さん」として認知されている。物静かだった西園さんを覚えている者は、誰もいない。
「理樹くんも、きっと忘れるよ」
悪意に満ちた微笑を泛べながら、彼の体に手を這わせる美鳥が、悪女めいて妖艶でした。
中の人の巽悠衣子さんが、美魚と美鳥の二役を、巧く演じ分けていましたね。

自分を離れた影に、自分の存在そのものを奪われていく。
このテーマの嚆矢は、ドイツロマン派に属するシャミッソーの「影をなくした男」(1814年)。
子どものころ、実家にあった文庫本を読んで、影をなくした男の辿る苛酷な運命に、異様な衝撃を享けた覚えがあります。
その後、この作品の影響の下に書かれた、アンデルセン「影法師」を、童話のつもりで何気に読み始め、さらに怖ろしい結末の一行に遭って、慄然としました。
しかしもう、彼はそのとき、返事をすることもできなくなっていたのです
影の悪逆なたくらみにより、本体である筈の主人公が、あっけなく処刑されてしまう。
そのとき感じた得体の知れない不快感ややりきれなさは、私の裡に、ずっと沈湎していました。
大人になってのちに、カフカ「審判」「変身」の不条理に接して、初めて得心が行きました。
この世界は、不条理に充ちている。いや、不条理こそが現実なのだ、と。

リトバスの西園さん編は、あのときの衝撃を、まざまざと想い出させてくれました。

今回は、映像にも工夫が凝らされていましたね。
ことに眼をひいたのは、影を使った演出です。
白眉は、若山牧水詩集をめぐって、美鳥が理樹と、くるくる追いかけっこをする場面。
本体のない、服だけの影とのたわむれが、喩えようもなく不気味でした。

次回で、エピソードにピリオドが打たれる模様。
純粋世界を仰望したあげく、影をなくした少女、西園さんの辿る運命は?

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2013年1月 5日 (土)

まおゆう魔王勇者第1話感想

#1「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」

なるほど批評的中世ファンタジーアニメw

いや面白かった!
魔王と勇者とが、熾烈なハルマゲドンを戦わすと思いきや、いきなり生硬な議論を始める意想外の導入といい、戦争論を軽妙な会話でオブラートしつつ敷衍してみせる巧みな手腕といい、どうして凡手ではありません。
中世の諷刺文学を想起させます。たとえば、エラスムス「痴愚神礼賛」のような味わいがあります。
痴愚神=魔王と置き換えれば、まさに同趣向ですし。

作品傾向としては変化球。でも、豪快きわまる変化球です。
あのダルビッシュだって、メジャーリーグでは変化球に活路を見出してるわけだし、いまや変化球こそが王道中の王道なのかもしれません。
掲示板のSSから派生し、小説化されヒットして、ついにアニメ化に至ったという、まさに青雲の志を体現した作品とのこと。
今期アニメは、5分間アニメの隆盛など、総じて小粒な印象がありました。
感想記事も「たまこまーけっと」「ちはやふる2」「はがない2」以外は、継続アニメのみで凌ごうかなと思ったけど、「まおゆう」観て、何だか元気出てきた

「魔王が諸悪の根源だ!魔族のせいで、国が傾き、民が苦しんでいる!」
勇者的正論を振りかざす勇者を、魔王がいちいち例証し、静かに諭すくだりがお見事でした。
むやみに森林を伐採したあげく、空も海もまっくろになり果て、劣悪な環境に苦しむ民草たち。
為政者は「魔王のせいだ!」と責任転嫁。
いやいやそれって公害のせいでしょうw
微笑みつつも、あざやかに切り返す魔王さんが賢者でしたね。

魔王(おっぱいさん。多分処女)と勇者(清いDT!)との契約により、世界の命運が定まる(らしい)という皮肉が効いています。
魔王がくりかえす「その先が視える」は意味深長。「ヨルムンガンド」の結末の、その先を見せてくれるのかも知れませんね。

しかしながら、作品総体の印象でいえば、やはり会話劇。
スタティックな絵づらを、瑰麗な背景とCGを駆使して、埋めてみせた感じです。
「アニメは動いて何ぼ」は、陳腐化した箴言のようでもやはり真理なので、今後どうするのか。アニメとして、どう観せるのか。
ともあれ、2013年劈頭をかざる「未知との嬉しい遭遇」です。大いに期待したいと思います。

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