#1「犯罪係数」
サイコパス(魂の計測値)。
人間の心理状態や人格傾向を測定し、人格破綻者を「数値的に」認定し、対処する、シビュラシステム。
犯罪係数が規定値を超えると犯罪行為の有無にかかわらず、程度に応じて、予防的に矯正されたり処刑されたりする。
係数を判定するのは、ドミネーターと呼ばれる銃。
ヒロインの常守朱(つねもりあかね)は、公安局刑事課一係の新人監視官として赴任してきました。
初め、ショタくんかとカン違いしそうになりました。ハナザー(花澤)刑事さんだったんですねw
あだ名をつけるなら「萌える刑事(デカ)」かなw
監視官ということは、所謂キャリア組なんでしょうか。
部下の執行官は、征陸智己(まさおかともみ)と狡噛慎也(こうがみしんや)。凄い名前です。虚淵さんの匂いがぷんぷんします。
常守刑事最初の事件は、人質事件。
暴虐凌辱の限りをつくした犯人は、慎也執行官がドミネーターで吹っ飛ばした!
ところが、被害女性がパニックに陥り、錯乱のあまり灯油に放火しようとして、何とドミネーターに犯罪者認定されてしまった!
彼女をも撃とうとする慎也を、朱ちゃんが朱に染めた!というのはウソで、ドミネーターで麻痺させました。
勝手に動いた彼女は、報告書で弁明しなければならないようです。
極端な負の状況を設定し、それを発条のように使って、物語をドライヴしていく。虚淵流は健在でした。
そして、虚淵さんらしい問題提起が、いち早くなされているのも、特筆すべき点です。
①人質事件の犯人は、薬物使用者であることから、潜在的犯罪者と認定された。自暴自棄に陥ったあげく、凶悪な犯行に及んだ。
つまり、システムが、却って犯罪者をつくり出してしまったのです。
②被害者であっても、極限状態の恐怖から狂気の境に追い込まれるなら、これもまた犯罪者認定。
しかも、説得して落ち着かせたら、犯罪係数は低下して常人認定に戻ったという、システム自体の孕む矛盾。
①には、トマス・モアの名著「ユートピア」(1516)を、②には、チェスタトン「器械のあやまち」(1914)を想起しました。
16世紀当時のイギリス法曹界は、犯罪抑止のためとして、厳罰主義を以て臨もうとする風潮がありました。
しかし、モアは、思想家であるとともに、法律家(大法官)でもあったので、その立場から、警鐘を鳴らしました。
モアの論旨はこうです。
「私は、厳罰主義には反対だ。強盗罪にも極刑を以て処すとなると、強盗犯が家人に目撃された場合、証拠隠滅のために家人を殺害してしまうだろう。強盗でも殺人でも、けっきょくは極刑に処されることに変わりはないからだ。
厳罰主義は、ただ犯罪を凶悪化させていくだけにすぎない」
深い洞察と信念に充ちた法律論議が、500年も前になされていたという事実に、非常な感銘を受けた覚えがあります。
「器械のあやまち」は、ポリグラフ(嘘発見器)の功罪をテーマにしています。
心理テストを機械化したもので、その犯罪や被害者に関する単語を幾つも提示し、被験者の脈拍や動悸など身体的反応を測定し、嘘や隠蔽の有無を確かめるというものです。
ポリグラフの正確性を得々と語る刑務所の副所長に、名探偵ブラウン神父が反駁します。
「器械自体は正確だとしても、判断の基準をどこに置くかによって、結果は正反対のものになり得る」
殺害されたと思われる行方不明人についてのポリグラフ測定に、過敏な反応を示したため、その被験者は犯人だと断定されます。
ところが、彼は、ワケありで自分の正体を秘匿していた、殺害されたはずの当の本人だったのです。
過敏な反応を示したのも、単に、暴露されたくない正体に触れられたから、という皮肉なオチがつきます。
ドミネーター判定の脆弱性との共通項を感じますね。
刑事が、自分の物差しで勝手に司法判断しちゃいかんでしょ。
普通ならツッコミが入るところですが、システム自体の孕む問題が大きく、今後、焦眉の急となりそうです。
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