LUPIN the Third 峰不二子という女第2話感想
#2「.357マグナム」
初回が、疾走感あふれるジェットコースタームービーだっただけに、スローなブルースを想わせる今回に違和感を覚えた視聴者が多かったようですね。
でも、失速というより、緩急の妙?
1stの、ブルージーな#20「殺し屋はブルースを歌う」みたいな、気怠い雰囲気。
これもまた、間違いなくルパン三世の世界なのです。
チッチョリーナは、不二子を使嗾し、次元をおびき寄せ、わざと彼の手にかかって撃たれました。
いまわの際の、彼女のことば。
「あなたの手で殺してほしかった」
次元は、ただ呟くしかありません。
「分らない。俺には分らない…」
チッチョリーナは、死にたかったのか、それとも次元に愛されたかったのか?
「宙吊り」。ロラン・バルトが鍾愛する用語です。
彼女は、まさに、死と愛における宙吊り状態でした。
死(タナトス)か、さもなくば愛(エロス)か?
ノーマン・ブラウンの名著に「エロスとタナトス」(1959)があります。
フロイトに淵源をもつブラウンの説を、ひらったく謂えば。
「死への情動と性愛への情動は二重写し、表裏一体の欲望」ということです。
その、芸術的昇華の例として。
ワーグナーの名曲「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」。恋人同士が、死の予感のうちに愛を成就し、同時に死ぬ。
悲劇の二人の物語を映画化した、ジャン・ドラノワ監督の名画「悲恋」。
それら、死と性のにおいが漂う作品を愛し、血のかおりに充ちた「憂国」などを自ら創作、竟には自死して果てた三島由紀夫。
彼も常々、「男のオルガスムスは一時的な死の感覚」と述べていました。
チッチョリーナの死の曖昧さも、エロスとタナトスの、延長線上にあるのでしょう。
女心と秋の空。渝りやすいものの喩えです。
次元の場合、さしずめ、男心と冬の空?
優しい殺し屋は、長生きできない。気楽な泥棒稼業ということで、ルパン三世へ至る繋がりが暗示されました。
EDの不二子が意味深でしたね。
イノセントな、少女としての不二子。何だか萌えるッ!
いつか、彼女の少女時代エピソードが語られるのでしょうか?
ブララグのバラライカさんのお嬢さま的少女時代と相似だとすると、ちょっと苦笑しちゃうけれどww
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