ちはやふる第9話感想
#9「しのぶれど」
千早「あたしは、かるたしか見えてない!」
太一「(心のつぶやき)…新のことだってちゃんと見えてんじゃん」
(ノ∀`)
かるたと恋愛は両立するのか?
或いは、千早にとって、かるたと恋愛は同じものなのか?
「ちはやふる」の通奏低音というかテーゼが、見えてきましたね。
恋愛論は、往々にして、ジェンダー論に発展します。特に、男女の思考法の差異について。
男性は抽象的、女性は具体的。
男性は理想を追う、女性は現実を追う。
男性は優位性にこだわる、女性は関係性を大事にする。
しかし、こと「恋愛」という「抽象」に関しては、女性の方に一日の長があるように思えます。
恋愛とは何か?
古今東西、あらゆる議論が為され、なお論が尽くせない分野です。恋愛するいきものである人間にとって、宇宙や世界の謎を超える、最後のエニグマかもしれません。
「恋愛論」と名のつく書物だけでも、スタンダールやアランや坂口安吾の著作など、有名どころに事欠きません。
まして、恋愛マニュアル本や指南本のたぐいまで含めれば、その数は天文学的なものになるでしょう。
まあ私は、どちらかといえば「性愛論」(アルス・アマトリア)の方に興味があるけれどww
千早は、恋愛オンチとして描かれています。
そんな彼女にとって、新への感情は、「かるた道の大先達。憧れの存在」。そう錯覚し、思い込んでいるのは間違いないところ。
しかし、太一は、彼女の「ホントノキモチ」に気づいています。太一が恋愛に敏感というより、彼自身が千早に懸想しているゆえです。
少年マンガであれば、恋愛は隘路の一つに過ぎず、やがて「超克されるべきもの」となるでしょう。
でも、少女マンガにおいてはどうでしょうか?
過去の名作「ベルサイユのばら」「SWAN」「はいからさんが通る」などは、紆余曲折はあれど、つまるところ恋愛の勝利を描いています。
「エースをねらえ」「ガラスの仮面」のように、恋愛に苦しみつつも「道」を貫いた作品は、むしろ少数派。
「ちはやふる」が、どういう結論を出すのか、鶴首して待ちたいと思います。
…ついつい熱く論じてしまった。本編にも触れなければ。
かるたの甲子園、近江神宮を目指して、かるた部がいま、大地に立ちました!ってガンダムかYO!
いきなりの合宿回!Σ(゚Д゚;
入浴とか水着とか、ちょっとわくわくしたのですが、太一の家だったか。
「男の部屋なんてぽんぽん入るもんじゃねえし。俺だって入れねえよ」
子どものまま時間が停まっている千早に、ちょっとオスの匂いを漂わせてみせた太一くん。
でも、通じたのかなあ?('A`|||)
「今日明日で15試合でーす」
千早ちゃんが、言う。しかも、あっけらかんと。天才は容赦がないっす。
地獄のかるた道がいま始まる…。
太一の危惧したとおり、机くんはぐったり。奏ちゃんに至っては、幻覚症状まで発生した模様です。
「一生懸命やってくれてる奴を潰す気か!」
流石に吐胸を衝かれた千早、ひたすら謝罪。
でも、真夜中の河原への呼び出しは、フクロやボッコなどではなく、まさかのバースデーパーティーでした。愕かすなよ肉まんくんww
ところが、思いもかけない、新からのおめでとうメールが!
歓喜する千早、対照的に、心がざわつく太一。この二人の恋のゆくえも気になります。
次回「ゆくもかへるもわかれては」
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