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2005年8月30日 (火)

わたしだけのあなた(SS)

そこには、純白の衣装に身を包んだ静留がいた。
ひとり、呟き続けている。彼女だけの世界で。彼女だけが知っている詩のような言葉で。

そんな でもうつろいやすいゆめのように
いきづまるあまいいとなみにとじこめられて
うちきでむくちなあのひとをみつめ
ふるえる
うちとあのひとのはんぶんずつのうみでいっしょになれればええのに
いつもみちないつき もどかしさだけのよる
でもうちはそんなこわばりがすきつめたさがすき
ひろがるかみのけのなかに ほのぐらいつめのすきまに
みつける
くちびるや あのやさしいくだものをいとおしんで
からだをはげしくつらぬくもの
そしてふたりはこわれる

――ねえなつき うち分ってるんよ こんな邪な恋が許されるわけないって
わかってる……
それでも
それでもうちはあんたが好き
世界のすべてを敵に回してでも うちはあんたを守ります
たとえ この体が砕けても うちはあんたの盾になります
だからなつき なつき――
ふふ うちはじっさい狂い始めているのかもしれません
だってほら あんたの名前を呼び始めたら もう止まらんのどす
ううん 恥ずかしくなんてあらしまへん
何度でも叫べますえ 世界中に向かって 何度でも

なつき なつき なつき なつき なつき…………………………

「静留はどうしたんだ?」
ハムレットの衣装に身を包んだなつきが、落ち着かなげな視線を彷徨わせている。
「そういえば、ずっと姿を見かけませんでした」と演出担当の雪之。
「まったく。オフィーリアがいなければ、ハムレットは成り立たないんだぞ。そしたら、今日の学園劇は台無しになっちまう。わたし一人でどうしろというんだ、静留は」
「ふふん」
小馬鹿にしたような笑いをもらしたのは、遥だった。
「おおかた、役に入れ込みすぎて、ホントの狂女にでもなったのよ。あのぶぶ漬け女のやりそうなことですわ」
「……そんな言い方ないだろう、珠洲城」
気色ばむなつき。
「な――なによ。ちょっとした冗談じゃないの。行くわよ、雪之」
取り残されたなつきは、校庭に少しずつ忍び寄り始めた午後の影を、不安そうにみつめていた。
「本当に、わたしを置いていかないでくれよ、母さんみたいに。約束したんだからな。本当だぞ、静留」

そのときだった。

パシン

何かに罅が入る音。

なつきは、はっと振り返った。
目に飛び込んだのは、一振りの薙刀だった。
生徒会室に置き去りにされた、静留のエレメント。それが。

パシン

もう一度、ものの砕け散る音がした。

(後記)
ノワール仲間で舞-HiME仲間、武士沢さんのテキストに触発されました。
ブンガクっぽい文章を書くのはひさしぶりかも。

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